殴りたい

菊川怜を殴りたい。
殴りたいのだ。もう無茶苦茶にしたい。断っておくが、これは性的欲求ではない。殴りたい。単純な暴力的欲求だ。しかし、誰でもいいというわけではない。菊川怜ではなくてはならない。
ああ、菊川怜!!その東大卒という経歴を生かして、西にクイズ番組があると言えば走り、東に報道番組があると言えば駆けつけ、その知的な微笑でお茶の間を悩殺しているのだ。その経歴の前では、いくら支離滅裂なことを言っていても、我々のような底辺を這うものは、それにひれ伏すしかない。ああ、菊川よ、菊川怜よ!知の女神!神が使わした微笑の天使!日本一のインテリあばずれ!菊川・ザ・グレート・義太夫
しかし、私は知っている。いや、みなも知っていながらひれ伏しているのかもしれない。菊川よ、ああ、哀れな菊川よ。そのほっぺたはなんなのだ、菊川よ。知的美人ってそうじゃないだろう、菊川よ。一体、その風船には何が詰まっているのだ。夢か。夢なのか。菊川よ、貴様にかなえるべき夢などあるのか。その風船を膨らませてどこへ行こうというのか。
ヘリウムガスを飲み込むがよい、菊川よ。口を閉じるだけでお前は宙に浮くだろう。そしてお前は風に流される。たどり着く先はニューヨークだ。エディ・マーフィがお前を迎えるだろう。「よーお、イカした姉ちゃん!オイラとドライブしないか!でも、間違えて俺のギアを握るなよ、ハァーハァッハァー!」低俗を絵に描いたようなエディ。インテリ美人の菊川から見たら、ごみのような男だ。だが、相棒として一緒に連続殺人事件を追ううちに、その頑なな心が溶けていく。体を張って爆発から菊川を守るエディ。文字の読めないエディの代わりに朗読をしてあげる菊川。爆発するジョー山中。その様子を克明に絵に描く竹中平蔵。やがて恋に落ちる菊川。生まれの違いなんて関係ないわ。菊川はそう言ってインテリの仮面を外し、エディに身を委ねる。だが、それを拒絶するエディ。どうしたの、生まれや学歴なんて関係ないわ、抱いて!小さく叫ぶ菊川に、エディはこう言うのだ。「HEY、レディ菊川!生まれなんて関係ない。関係あるのはそのほっぺただ。冬ごもり前のリスかっつーの!ハァーハッハァー!俺ナイスジョーク!」その場でエディを射殺する菊川。ついでに殺されるマナカナ。暴落する市場、高騰する小麦粉価格、苦しむNY初のお好み焼きショップ店主井田隆。混迷する世界経済の中、ついにオバマ大統領は核スイッチのボタンに手をかける。
失意でますます膨れ上がったほっぺたにヘリウムガスを詰め、帰国する菊川。ああ、私はどうすればいいの、このままじゃ立ち上がれない。そっとほっぺたを撫でる菊川。その手触りにふと違和感がある。慌てて口の中に手を突っ込むとそこにはダイヤの婚約指輪があり、リングにはエディ&レイの刻印・・・。ああ、なんてことをしてしまったの、私は!あの人の温かい冗談にも気付かずに!泣き崩れる菊川・・・そこに手を差し伸べるのは、私。涙に濡れ、極限まで膨らんだほっぺたに一発。そして、もう一発。信じられないようなほっぺたで見つめる菊川の顔を押さえつけ、私はほっぺたを内側から掻きまわす。嫌がる菊川。泣き叫ぶ菊川。開いた口からは次々と煩悩が飛び出していく。そして、空洞になったほっぺたの中で最後に私が見たのは、分裂した美輪明宏の一部だった。「やっぱりお前の仕業か!」
菊川怜を殴りたい。